クライミング手帳。
クライミング手帳、をつけている。備忘録のようなものである。
先日、一冊目を書き終え、二冊目を買った。
左が旧、右が新。
先日といっても、書くとこがなくなったのが8月22日なんで、もうだいぶ前だ。
書くことはジムでやったこと、外岩でトライした課題、等。
書いているけど、あまり読み返さない。いや、ほぼ見ない。
今日、久しぶりに読み返してみた。
手帳によると、最初にジムに行ったのは2010年の3月7日。パンプ。8年以上前、そうかあ、そんなに経ったか。
ちなみに手帳をつけようと思いたったのは、2015年の春で、これは後で書いたものである。
クライミングを続けるかどうかも分からないのに、手帳をつけるはずもない。日付はパンプのカードを見たら分かる。
実際、ちょこちょこジムに行き出したのは2012年の春からで、2年間はほとんどジムには行っていない。
本格的にやろうと思ったのは2013年の4月11日である。
清水の舞台から飛び降りる思いでグラビティの半年券を購入した日だ。これも会員券に記入されてて、後から書いた。
その年の6月にK村くんと雪彦山の“温故知新”にトライした。初めてのフリーマルチ。全く登れず、A0しまくった。
その後9月に初めて自分から外岩へ行った。烏帽子岩。
“アフターバイト”に叩きのめされ、“ゴールドフィンガー”に半泣きにされた。
グラビティでは11aがそこそこ登れていたのに、5.9も登れなかったので、かなりショックだった。
それから烏帽子岩に通い、初めて11a(ジャスティス)が登れたのは2014年7月。7月?そんな暑い時によく行ったものだ。暑いとか寒いとかは全然覚えていない。
その冬からは主に駒形岩に行きだした。夏に烏帽子で冬に駒形って逆やな、とツッコミたくなる。
12月末にサイレントティアーズをRP。
この時は郵便局勤務で、この日を逃せば年越しになるので必死だった。とても寒かったのを覚えている。
初の12は2015年の9月。某岩場の“ウィルキンソン炭酸水12a”。
お買い得だろうがなんだろうが、とても嬉しかった。
ムーブをメモっているが解読不能。
同じ9月にジムで初めて12cが登れた。
2015年の年末に日和佐で“岬めぐり12b”をRP。
ジム12c、外岩12bは今現在でも私の最高グレード。
もう3年経つので、そろそろグレードを上げたいところだ。嗚呼停滞期、とほほ…
2016年の年始からは不動岩に通う。一冬で正面壁4本のイレブンが登れたのはいい思い出。
中でもタイコのRPは本当に嬉しかった。
手順が書いてあるが、やっぱり解読不能。
11がコンスタントに登れ、12もたまに登れるようになると、クライミングはますます楽しくなり、外岩にどんどん行くようになった。
旧手帳には11が141本、12が15本、とある。結構登ったな…
手帳をつけるのは面倒だったが、今では習慣になっている。ストレッチ・体幹トレと同じで習慣化してしまえば面倒とも思わなくなった。
忘れっぽい私にはいい習慣である。これからも続くだろう。
« グラビティなんば 18年11/15 | トップページ | 御着の岩場 18年11/23 »
「クライミングのこと。」カテゴリの記事
- 今年のクライミングを振り返る 2022年 12/31(2022.12.31)
- 二子山に行ってみたい(2022.11.17)
- 冬眠中(2022.03.16)
- またまた自粛(2022.02.01)
- 今年のクライミングを振り返る 2021年12/31(2022.01.01)
コメント