燕岳・大天井岳 単独(3)09年11月21日〜24日
11月22日・2日目
4時半起床。準備を済ませて5時半過ぎに撮影ポイントへ到着。すでにたくさんの三脚が並んでいた。東の空が明るくなっている。先にデカい三脚で陣取っているベテラン風の方々は恐らく槍ヶ岳に朝日が差し込むのを狙っているのであろう、「一発入魂」といった感じで落ち着いて談笑などを交わしているが、私は三脚をあちこちに移動させて、見るものをどんどん写真に写していく。なにせ360度、全方位、美しい光景だ。せわしなく動いてはあちこちの景色を切り取っていった。ほぼ、素手で撮影していたため、涙がにじんでくる程指が痛くなっていた。
槍ヶ岳の先端がピンク色に染まる。おお、これは絶対に逃せない。これぞオレの見たかった光景。動くのを止め、三脚を構え、尻を雪の上に据えてじっくり見つめる。談笑していたベテラン風の方々もいまやじっとその時を待っている。その時、そこにはかなり大勢の人がいたはずだったが、しん、と時が止まったかのような静寂が訪れた。オレはその時にはすでにカメラのセットを終え、シャッターレリーズを片手に固唾を呑んで槍ヶ岳を見つめていた。じわり、と赤い部分が増す。槍ヶ岳は朝日を受け、神々しく輝いていた。(う…美しい…)それは本当に美しい光景だった。長い間見てみたかった景色、オレは暫し放心し、見とれていた。
刹那、周りのシャッター音で我に返り、慌ただしくシャッターを切り始めた。夢中で撮った。槍ヶ岳を何枚か撮り終えるとまた日の出を撮り、富士を撮り、穂高を撮り、燕を撮り、立山を撮り、もう少しカメラを右へ…当然そこには後立山の鹿島槍ヶ岳がいた。(晴れてるやんけ…)シャッターを切った。
最高の景色が見られて有頂天だった頃。「おい」と声がした。声を上げたのはオレの隣で三脚を構えていたベテラン風のおじさんだ。「ツバクロを撮ってんだよ」撮影ポイントの中程にいた二人の若者に声を掛けているらしいが、若者は自分達に声を掛けられたとは思っていないらしい。「おい!」とおじさんは声を荒げ、シッシッをするように手を振った。ようやく若者は気付いたらしく、そそくさと移動した。出発の準備をしていたオレはこの光景をみて少し、嫌な気分になった。風景写真を撮る人達の中には何故だか随分偉そうな人が存在する。山登りをする人の中にもそういう人がいる。本格的に山岳写真を撮るのは大変だ。機材の重さはハンパではない。オレはデカい三脚を担いで山を登っている人を見ると、それだけで尊敬してしまう。しかし、写真も山も、所詮は道楽である。自分がしたいからしているだけで、誰のためになるわけでもない、自己満足の世界である。その撮影ポイントも別に誰のものでもない。ずっと燕岳を撮りたくてずっと粘っていたのに前に人が、というのなら怒るのも無理はないだろうが、今まで槍ヶ岳撮っていて、くるっと回って燕、すると人が邪魔。これだけ混雑していたら仕方ないことだと思う。どうしても三脚を動かせないのなら、少し若者に歩み寄って「すいませんが」と断りをいれるのが本当ではないだろうか。もしその燕岳の写真を写せたらみんなの税金が少し安くなる、というのなら少し偉そうにしても構わないと思うが。
7時半頃撮影を終えて、大天井岳へと向かった。“頃”と曖昧なのにはわけがあって、実はメモ代わりに使っているデジカメが故障してしまったのだ。電源を入れるとなぜか自動で最大望遠になってしまう。だからここから先、お得意の(?)自分撮りがほぼ、ない。まあ、なんにせよ、気持ちいい青空の下、表銀座の稜線を歩き始めたのである。大天井を目指す人は結構いた。早く行かないと小屋がいっぱいになるかも知れない、と考えつつも、景色に見とれて歩みは遅い。蛙岩まで1時間、大下りの頭までさらに1時間掛かった。
天気はいいが、吹きさらしの稜線なので風は強烈である。西側、高瀬川から吹き上げてくる風に常にさらされながら歩いているのである。しかし大下りを下った後、稜線の反対側、東側にまわった。風がなくなった。風がないので当然積雪が多く、運動量が増してすごく暑かった。再び風当たりの強い稜線の西側へ。コース唯一の鎖場である切通岩を下りると喜作レリーフ。ここは大天井岳直下、ここからはひたすら登りである。
枯れたシャクナゲ?かな?
喜作レリーフ。
いやしかし情けない。いくら積雪時とはいえ、喜作レリーフから頂上まで1時間半も掛かってしまった。天気は悪くなっていたので、写真のせいにもできない。13時過ぎ、頂上に着いた時にはもう、へとへとだった。頂上では烈風が吹き荒れていた。囲炉裏のバンダナショットを撮ろうと試みるが、なかなかうまくいかない。まずカメラ。先ほど書いたように最大望遠なので、かなり離れた所に三脚をセットする。バンダナをピッケルにくくりつけ、準備しておいてから、シャッターを押し、ダッシュして標識の所でバンダナを広げ…パシャ。何度かやったが無理だ…指先はかじかみ、肩で荒い呼吸をしながら悟った。こんなことしてたら死んでしまう。
だいぶがんばったのだが…
大天荘の冬季小屋に入り、一安心。誰かいると思われたが、オレ一人の貸し切りだった。天候は悪化してきているようで風の音がビュウビュウ聞こえる。しかし小屋の中は安心だ。さらにテントを張り、ダウンジャケット、ダウンパンツ、ダウンシューズと全身ダウンの「ダウンマン」に変身してホカホカである。まだ明るいので持ってきた本を読んだ。東野圭吾の「秘密」。なかなか面白い。いつもは100円の本しか買わないのに、この時のためにと350円も出した甲斐があったというものだ。16時半、陽が沈む頃、外に出てみたが天候は悪化の一方でガスが湧いて雪が降り始めていた。風はますます強くなっていて吹雪になっていた。夕食を食べる。とっておきの食料、チキンラーメン。飯を食ったら寝る。
ダウンマン。
おにぎりせんべい(昼飯)ウマイ…
煙草もウマイ…
チキンラーメン(夕食)やっぱウマイ…
寝袋にもぐり込んでiPodで音楽を聴きながら本を読む。音楽はバッハ、ヴィヴァルディ、簡素なバロック音楽だ。時折「ゴウッ」という大きな風の音がメロディーを割って聞こえてくる。(明日は…嵐やな…)本を閉じ、音楽に集中する。しかし集中しきれない。外の風の音が気になる。(明日はなんとか燕山荘まで戻らないと)休みは明後日まで取ってあるので、仕事の方は最悪明後日出発でもいい。(しかし嫁さんと約束した)ムスコのお迎えに行けない。それは山に行くのに他人に迷惑を掛けない、という自分のルールに反することである。4日も家を空けているのでもう十分、嫁さんには迷惑が掛かっているのだが。いつしか眠っていた。3時頃尿意を催して目を覚ました。トイレに行って帰ってくるだけで全身凍え、雪まみれになった。凄まじい風。(陽が昇って…12時頃までになんとか…小康状態になってくれたら…)心臓がトクトク鳴っている。(行けるか?燕山荘まで)(道は分かりやすい、ただ、一箇所、稜線をまたぐ所…)(間違えたと思ったら、どれだけめんどくさくても引き返す…)(GPS)(対風姿勢)(カメラバッグはザックに…)いろんな思考が頭をよぎる。本のしおりに使っている紙を抜いて見つめた。それはムスコがオレのために描いてくれた“おまもり”だった。(お父さんは、必ず帰る。)寝た。
東野圭吾「秘密」。挟まっているのはムスコの描いてくれた“おまもり”。
« 燕岳・大天井岳 単独(2)09年11月21日〜24日 | トップページ | 燕岳・大天井岳 単独(4)09年11月21日〜24日 »
「登山」カテゴリの記事
- ムスコとアカアシクワガタ採集&氷ノ山登山 21年8/22(2021.08.24)
- ムスコと八経ヶ岳に登る。21年8/10(2021.08.13)
- ムスコと常念岳へ。20年8/13〜15(2020.08.16)
- 釣り沢 9/22〜23(2018.09.29)
- 赤井谷 17年8/26~27(2017.09.01)
コメント
« 燕岳・大天井岳 単独(2)09年11月21日〜24日 | トップページ | 燕岳・大天井岳 単独(4)09年11月21日〜24日 »
そう、22日の夜は荒れていましたね
でも立山は3時には風も雪もなく満天の星空でした
23日も丸々あるんだなぁ 上手く計画されましたね
投稿: じゅん | 2009年12月 4日 (金) 01時16分
大天井岳と槍け岳のツーショット素晴らしいです
凄い強風の中を行かれたんですね。
あっちゃんの描いたのはチョリオさんの似顔ですか?
続きわくわくしながら待っています(◎´∀`)ノ
投稿: 越路 | 2009年12月 4日 (金) 19時15分
じゅんさん、どうもです〜。
>そう、22日の夜は荒れていましたね
>でも立山は3時には風も雪もなく満天の星空でした
そうだったんですか?夜中は大荒れでした。
翌朝は晴れていたらしいですが、槍は真っ黒い雲に覆われて
写真はダメだったよ〜と仲良くなったおばちゃんが教えてくれました。
私は寝てましたがね。
>23日も丸々あるんだなぁ 上手く計画されましたね
えへへ。この連休のために仕事、頑張りましたもん。
投稿: チョリオ | 2009年12月 4日 (金) 20時35分
越路さん、こんにちは。
>凄い強風の中を行かれたんですね。
稜線上はやはり風きついですねぇ。
>あっちゃんの描いたのはチョリオさんの似顔ですか?
似顔絵と「おまもり」と書いてくれてました。
>続きわくわくしながら待っています(◎´∀`)ノ
ありがとうございます。励みになります。
投稿: チョリオ | 2009年12月 4日 (金) 20時37分
突然失礼致します。
はじめまして。いえいえ、大天井の喜作レリーフのあたりでお会いした者です。
誰か記録残していないかな~なんて検索していたらたまたまここに来ました。
そして、あの日大天荘に泊まっていたのは一人、と言うことは恐らく間違いないでしょう。
もう頂はすぐそこに見えていますよ、と言われつつも私は萎えて断念し頂上を踏まずして燕山荘に戻りましたが、へとへとでした。
でも、大天荘まで行かれて良かったですね。
翌日は大きなご褒美が待っていたことでしょう。
しかもその場所を独占状態!と思うとかなり羨ましいです。
続き楽しみにしています。
投稿: keiko | 2009年12月 7日 (月) 23時02分
keikoさん、こんばんは!
>はじめまして。いえいえ、大天井の喜作レリーフのあたりでお会いした者です。
あっ!?覚えていますよ!もちろん。
>もう頂はすぐそこに見えていますよ、と言われつつも私は萎えて
>断念し頂上を踏まずして燕山荘に戻りましたが、へとへとでした。
いやあ、へとへと度はあきらかに私の方が上でしたね、「見えていますよ」と言った所は頂上ではなかったです…(すぐ近くでしたが)でも、あそこからまた燕山荘に戻る方がきっと大変だったと思います。
>でも、大天荘まで行かれて良かったですね。
>翌日は大きなご褒美が待っていたことでしょう。
ええ、ほんと、よかったです。とてもおおきなご褒美でした。
>続き楽しみにしています。
さきほど、書きました。
投稿: チョリオ | 2009年12月 8日 (火) 01時34分