南八ヶ岳縦走・冬 単独
07年2月10日〜12日
厳冬の2月に単独で八ヶ岳に登った。最高峰の赤岳、そして横岳が今回の目的である。八ヶ岳に登ったことは、夏冬通して一度もない。冬の登山で2000メートル以上の標高の山に登ったこともない。ガイド本には「雪山登山としては手強い対象だ。いきなり赤岳チャレンジというのもどうかと思う。北八ツあたりを2、3度経験した後、恐る恐る、というのが定石である」とある。しかしオレはいきなり赤岳チャレンジで、しかも一般コース中で一番難しいとされる横岳をもこなしてやろう、と考えた。ダメなら諦めて引き返す。それだけである。
なお、八ヶ岳とは、長野県の中部・東側に南北に延びる山塊の総称で、夏沢峠を境に北八ツ、南八ツに分けられ、北八ツは大抵穏やかな山容、反面、南八ツはアルペン的な山容である。南八ツの標高は最高峰の赤岳が2899メートル、横岳2829メートル、阿弥陀岳2805メートルと日本アルプスにも匹敵、しかも交通の便がよいことと営業している小屋が多いことで冬でも入山者が多い。
赤岳山頂にて
2月9日の夜9時に岸和田を発、途中渋滞で遅れて10日の2時40分に美濃戸口の駐車場に着いた。今年はすごい暖冬の為、本当に雪が少ない。恐らく、本来ならこの麓も雪で埋まっているはずなのだろうが、オレの軟弱な2WDのアトレー号でもチェーンなしで来られてしまった。すぐに仮眠を取り、すぐに起きる。4時起床。1時間半も眠れただろうか。すごく眠い。そしてだるい。仕事の後、長距離運転をして、ほとんど眠っていないのだから当然だ。天気は悪い。ガスが漂っている。天気予報では晴れ予報だったが。
朝飯を詰め込み、支度をして5時20分出発。この時期の日の出は6時40分位、辺りはまだ暗い。一時間程歩き、次第に明るくなってきた頃、赤岳山荘のある美濃戸に着いた。15分休憩、その間に大便も済ます。トイレ使用料50円、安い。トイレ裏のほのかに明るい人工氷壁の、薄蒼さが印象的であった。赤岳山荘の親父さんが「今年は暖かいね。雪崩に気をつけて」と声を掛けてくれた。美濃戸から行者小屋に向かう南沢ルートを行く。辺りは明るくなってきたがガスのため景色は見えない。本来なら正面に阿弥陀岳が見えるらしいが。
今回、背負っている荷物は約13キロ。やはり撮影機材が重い。しかし、新しく買ったリュックのおかげでかなり楽になった。以前のカメラザックとは雲泥の差である。他にも帽子、フェイスマスク、手袋といった防寒着を新調、こないだ買った登山靴と前爪付アイゼンも今回真価が問われる。本格的な登山開始はこの先の行者小屋からである。体力温存のため、わざとペースを落とし、ゆっくり進んだのだが、なかなか身体が順応しない。しんどい。寝不足だから仕方ないか。歩いているうちに晴れてきた。霧氷を撮っているとすぐそばにカモシカがいた。黒い毛がまず目に入り、クマだと思ってびっくりした。カモシカはそんなオレを尻目に逃げるでもなく、悠然と歩いて、森の中に消えていった。
ほどなく行くと樹林帯を抜けた。目指す八ヶ岳が見える。美しい。はあ、こりゃあ、すごいわ。なんとも雄大な景色である。横岳の荒々しい西壁に赤岳、阿弥陀岳。丁度赤岳は逆光になっていて、頂上付近のガスで太陽が出たり隠れたりしている。これから登る赤岳を見る。んん。手強そう…頂上付近のあのガスの流れようはどうだ…恐らくもの凄い強風なのであろう。闘志が湧いてきた。やってやる。新たな想いを胸に歩を強め、進む。すぐそこが行者小屋であった。なんだか拍子抜け、こんなことならここまで歩いて、荷物を降ろしてゆっくり撮影すれば良かった。
地蔵尾根より横岳
アイゼンをつける。ピッケルを手にし、11時15分、行者小屋を後にした。地蔵尾根を通って赤岳天望荘を目指す。小屋では40分の休憩(撮影)、気力も十分であるが、肝心の身体はやはりイマイチで、足が重い。ここからは傾斜が急になってくる。再び入った樹林帯を抜けると更に傾斜が増す。しんどい。しかし、一人でこの山と対峙していると思うとなんだかワクワクしてくる。景色もいい。ゆっくり、雪の感触を楽しみながら一歩一歩、標高を稼いでいく。鎖場では鎖が見えている。本来ならこの時期、埋まっているはずだろうが、やはり雪が少ないようだ。稜線直下の難所に出た。風がきつい。しかし、鎖も所々見えてルートを誤る心配はない。急な傾斜をアイゼンとピッケルを頼りに登る。雪は半ば凍ってしまっている。右上に小屋が見える。あと少しだ。緊張の痩せ尾根を通過し終えると稜線に着いた。地蔵の頭である。東側の景色が一気に広がる。おお。思わず声が出る瞬間だ。ここから赤岳天望荘はすぐである。
14時過ぎに小屋に着き、受付を済ませて身体を温める。なんと宿泊者はコーヒーが飲み放題である。早速飲む。うまい。ここで、我慢していた煙草に火をつける。赤岳登頂まで辛抱しようと思っていたが、コーヒーを飲んでしまったらもう我慢できない。実は入山するまでの10日くらいは煙草の本数を減らしていた。1日4、5本。ここでの煙草は随分久しぶりで心底うまかった。身体を落ち着けてしまうと、次に動かすのが非常に億劫である。やはり多くの人がそうらしく、小屋の中では「赤岳は明日朝にするか」などと聞こえてくる。時間も14時を回っている。外を見ると再びガスが出てきたようで白い。
自問する。オレも明日にするか…今回の目的は赤岳登頂と横岳通過、一つでもやっておいた方がいいのでは…今回の登山は何のためだ…アルプス級の風雪に揉まれるのも得難い経験。そうだった。オレはこの風を身体にたたき込むためにここまで来たのだった。一度温まるとどうもイカン。意を決し、荷を軽くして再び外へ。寒い。赤岳もすっかりガスをまとってしまい、景色も全然見えなくなってしまっていた。しかし行く。15時5分発。風が痛い。しかし荷物が軽くなったのと、風が後押ししてくれるおかげでだいぶ楽である。緊張する斜面もあったが一時間程で念願の赤岳頂上に到着。それにしても頂上は更に風がきつい。景色も見えないので早々に退散する。山頂にある頂上小屋の東側はあまり風がなかったので、そこでコーヒーをいれて一服した後、下山した。赤岳天望荘の夕食はバイキング形式で食べ放題であったが、食欲があまりない。相変わらず身体はだるい。そして、なんといっても、赤岳をヤった後だというのに、高揚感というか、達成感があまり湧いてこない。いつもと違う。慣れ、というやつかもしれない。そうだとしたら、それは悲しいことだ。眠い。もう寝る。
地蔵尾根より
2月11日
恐らく19時頃に眠って10時間程も眠ったからだいぶ体が楽になった。しかし、外はガスで真っ白。天気予報では晴れ、恐らくは晴れているのだろうが、景色はまるで見えない。風は昨日の夕方よりも強く、雪交じりの吹雪である。どうしよう…朝食を摂りながら今日の行動を考える。予定ではここから横岳を通過して硫黄岳、そこから下って赤岳鉱泉で宿泊である。赤岳登頂は昨日のうちにしておいて良かった。しかし、この悪天、オレに難関の横岳をこなせるだろうか…結局、9時まで小屋にいた。晴れないかと期待したがガスは相変わらず。しかし、風は弱まったようだ。視界は10メートル程はある。やるか…ダメなら引き返してまたこの小屋の世話になればいい。
横岳への稜線
小屋を出た。いよいよ横岳に挑む。昨日の地蔵の頭から横岳の岩峰を見る。全容はガスで見えない。見えているのは二十三夜峰か。いかめしい、まるで人の入るのを拒んでいるようだ。オレは足を踏み入れた。ガムシャラ進んだ。しかし慎重に、である。かなりゆっくり、しかし、あまり休むことなく進んだ。休みたくても休む場所がない。強風の岩稜。これが、横岳か。オレはいつになく緊張していたようである。しかしまた、ワクワクもしていた。オレはコレがしたかったのだな…と思う。それにしても雪が少ないのが幸い、鎖が所々見えていてガスがあるとはいえルートが分かりやすい。
日ノ岳を過ぎると鉾岳である。ここが最難所のはずである。しかも日ノ岳は東側を巻くが鉾岳は西側を巻く。風は西からだから、余計に怖い。足がすくむようだったら引き返そう…そう考えて進む。風がすごい。なおゆっくり、足を動かす。ああ、ここが最難所だ。ガイド本で見た景色と同じ場所であった。左側は凄まじい崖である。ガスで底は見えない。そりゃ墜ちたら死ぬわな。しかし恐怖心はない。逆にワクワクしていた。鉾岳を通過し、直接風の当たらない岩陰で休憩をした。難所は続く。石尊峰から右手に尾根が見えた。東側のガスはだいぶ薄くなって時折視界が開けるようになっていた。見えてきた尾根は杣添尾根でオレの歩いている尾根との合流点が三叉峰である。そこには標識があった。三叉峰を越えてほどなく進むと横岳最高峰の標識もあった。大権現、2829メートルである。大権現に立った時、突如、西側のガスが晴れた。いきなり、雄大な風景が広がる。うおおう。なんと素晴らしい。きっとここまでがんばってきたご褒美であろう。
突然ガスが晴れて景色が見えた
目指す硫黄岳の平坦な姿を見、あそこまで行けば、と思うと勇気が湧いてくる。それは結構近くに見えた。気をよくし先に進む。この辺りの道は比較的なだらかで歩きやすい。再び緊張する岩場に出た。奥ノ院であろう。しかし、そこも無事に通過。細心の注意を払い、かなりの緊張を強いられたためかなりの時間を費やした(地図のコースタイムの約3倍)が、難関の横岳をやり遂げた達成感があった。ここからはなだらかな尾根歩き、ガスも薄くなって視界も先ほどよりもだいぶ開けている。
緊張感が解け、脱力したその時、強風が襲った。全くの不意打ちであった。オレの体は一瞬、宙に浮いた。慌ててピッケルを突き刺して強風姿勢を取る。うろたえた。うろたえながらも考えた。えーと、こういうばあいは、かぜのよわまるのをまって、こうどうするのだったな…顔の左側が痛い。すごく痛い。指先も痛い。身体全体が寒い。あっという間に体温が奪われてゆく。待った。しかし、風は弱まることなく、逆に時折、強くなる。又考える。ひょっとして、このかぜがふつうなのかな…どうもそのようである。ならば早く動かなければならない。体が冷え切ってしまう。さっきは油断していたために飛ばされそうになったが注意していれば大丈夫のようだ。オレはアイゼンの爪とピッケルの先に神経を集中し、じりじりと進んだ。なんとか小屋まで。小屋に着いたら休もう。そう鼓舞した。先にある硫黄岳山荘は営業はしていないが、風は防げるであろう。一時間程もかかって硫黄岳山荘に着いた。周りをぐるりと回ってみるが風の弱い箇所はない。休憩を諦め、進む。さらに40分程で硫黄岳山頂に着いた。
風は幾分弱まり、曇り空ながら景色も見えていたが右手の人差し指と親指が痛いのでほとんど撮影ができない。つーか、景色なんてどうでもよく、もう、一刻も早く、この風とおさらばしたかった。急斜面を下り樹林帯に入るとウソのように風が止んだ。とたんに体が温かくなってきた。酷い目にあった、と思い返しながらどんどん下る。途中で三脚を立てている人たちがいた。そこからは横岳の大同心・小同心が真正面に見え、その間に横岳最高峰の大権現が見えるという最高の構図であった。山の雑誌などでよく目にする風景はここからの写真か、と思った。オレも登山前日まで何度もその、迫力ある風景写真を見ていたので、眼に焼き付いていた。稜線に既にガスはなく、蒼い空に荒々しい奇岩が鮮やかだった。そこにいるオッサン達にならって自分も夕方までここにいようかとも考えたが、まず体を休めることが先決だと思い、先に進んだ。そこから赤岳鉱泉までは20分位だった。
小屋に着いたのは16時5分前であった。アイゼンを外し、靴を脱いで受付を済ませ、身体を温めてしまうと例によってまた、外に出るのが億劫になる。しかし、やっぱり、夕陽に映える横岳は見ておかないと。しかし、撮影ポイントまでは結構遠い。しかも登りだ。途中のポイントで撮影していて、ここでいいか、と思った。そこから見る大同心・小同心も立派だが、真ん中の大権現が見えない。何枚か撮影して、やはり後で後悔しそうなので、オッサン達のいる所まで歩いた。
着いた頃には既に夕陽が差し込んでイイ感じになっていた。空もすっかり晴れ上がり、赤岳、阿弥陀岳もかっこいい。それらの峰々はほどなく、黄金色に輝き、次第に赤味を帯び、優しい表情を見せてくれた。自分が先刻までその岩稜で悪戦苦闘したのがウソのようである。オレはこの、傾いた太陽の光に照らされている時の山の表情が一番好きだ。刻一刻と表情が変わる。紅く色づく柔和な表情…そして、突然、冷たい貌になる。しかし、その斜光が届かなくなった時の冷たい表情もいい。オレは何度もカメラのシャッターを切りながらもその美しい壮観のトリコになっていた。はわわあと見入っていた時、オレはもしかしたらヨダレを垂れ流していたかもしれない。鼻水は確実に垂れていた。それは覚えている。
夕陽に照らされる大同心
再び小屋に戻ると食堂は人でいっぱいだった。オレはだいぶ遅れて夕食に呼ばれた。カレーライスとチーズのかかったハンバーグ、他諸々。ヨーグルトのかかったフルーツのデザートまである。すごく豪勢である。オレはカレーをおかわりしようと考えていたが、あまり食べられず、おかわりは無理だった。今回はやはりどうも、何かおかしい。右手の人差し指と親指はまだ痺れていて、特に人差し指は青黒くなってかなり腫れていた。これが凍傷というやつだろう。丁度向かいに座った女性がこの冬凍傷になったらしく、いろいろ話を聞かせてもらった。夕食後、星を撮りに行った。見事な星空であった。しかし、やはり高揚感が薄い。立山、穂高、後立山などで満天の星を仰いだ、その慣れなのだろうか。そしてまたオレ一人だ。まったく。
2月12日
最終日、3時頃目が覚めた。昨日夕飯を食べながら、明日はどうしよう、と考えた。予定では阿弥陀岳に登るつもりであったが、赤岳に未練が残っている。赤岳からの景色を見ていないからである。阿弥陀岳にはそれ程執着していない。今回の目的である赤岳登頂と横岳・硫黄岳の縦走は成し遂げた。夕陽に映える大同心・小同心も見た。だいぶ満足である。ただ、赤岳からの眺望が得られていない。明日も晴れそうだ、予定変更、赤岳に再アタックと決めた。
朝食を食べて準備を整え、5時5分前、小屋を発、夜明け前の5時50分に中山展望台に着いた。ここで日の出を迎えて撮影を行うつもりであった。しかしまたしても稜線はガスがたちこめ、中腹以上は見えない。撮影を諦め、行者小屋へ向かった。行者小屋からは一昨日も通った地蔵尾根をたどる。一昨日よりも天気が悪い。せっかくまた登るんだから晴れてほしいなあ…難所も二度目となるとそれほど怖くない。撮影をほとんどしていないこともあり、一昨日よりもかなり早いペースで地蔵の頭に着いた。東側はガスがなく、景色が開けている。赤岳も時折ガスが晴れ、真っ青な空が見える。赤岳と並んで富士山も見え、こりゃイケる、晴れるぞ、と期待を持って9時20分、天望荘に入った。
愛想の良いヒゲの主人はまたしても温かく迎えてくれた。今回は宿泊ではないが、おかわり自由のコーヒーを注文、早速温まる。あまりダレないうちにと準備を整えて外に出るとガスだった。真っ白で赤岳も見えない。オレは立ちすくんでしまった。ああ、ダメか…とりあえず、小屋に戻り、コーヒーを飲む。なんとか晴れてほしい。腹が減ってきたのでラーメンを注文。これがまた激しくうまい。小屋の外をチラチラ見ていたらまた晴れてきたようだ。よし、行くか。小屋の主人が愛想良く「いってらっしゃい」と声を掛けてくれた。「行ってきます」と応えて外へ出る。風が強く、寒いがしかし、気持ちいい。たまに差す日差しが眩しい。空が蒼い。群青色だ。爽快感を伴って赤岳に登った。
誰や?顔むくみ過ぎ…赤岳山頂にて
11時3分登頂、頂上にはかなりの人がいた。一昨日の夕方は一人であったが。時折ガスが通過するが、景色は良好、なんといい眺望だろう。再び登ってきた甲斐があった。横岳は残念ながらガスっており、はっきりと見えない。頂上小屋のテラス(?)を陣取って、横岳を狙っているデカいカメラ三人組も「もうちょっとで見えるのに」「こりゃダメだな」とか言い合っている。一時間程景色を堪能した後、下山してまたも天望荘のお世話になった。最後のコーヒーを飲んで13時30分出発。それにしても、ここで何杯コーヒーを頂いただろうか。軽く10杯は飲んだ。去るのを惜しみながら、どんどん下っていく。ガスはどんどん晴れてきて、赤岳や横岳がよく見えた。最初登る時に見た印象とは全く変わっていた。当初感じた畏れは薄れ、親近感を持って眺めることができた。
行者小屋より赤岳
14時43分に行者小屋に到着、休憩。コーヒーを沸かし、地図を見ながら明るいうちに駐車場まで戻れるな、と考える。行者小屋からはだいぶ楽な道になる。これまでのような厳しい道ではない。アイゼン、ピッケルも片づける。すっかり晴れ上がり、最初に来た時と同様、素晴らしい景観である。
写真を撮っていると、デカい三脚を構えた本格派のオッサンが話しかけてきた。この人、ここからの赤岳だけを狙って今日で三日目だそうで、前の二日間は一回もシャッターを切らず終いだったそうな。「しかし、今日はいい」オッサンが厳しい目つきで赤岳を睨んだままつぶやいた。曰く、今日は赤岳が赤く焼けて素晴らしいのが見られそう、とのことだった。
オレは考えた。オレも見たい…しかし、そんな時間までいたらフロは無理だ。帰りの運転もかなりキツくなる…登山後の風呂。それは素晴らしく気持ちのいいものである。ましてや今回のように熾烈を極めた登山の後ならばなお一層のことである。またも自問する。…今回はどうしても、フロに入りたいが…しかしもう一人のオレが肩をすぼめながらため息をつく。分かっているクセに。このままこの場を去ればきっと、後悔する。それはオレが最も嫌うことなのだ。ああ、フロ、入りたい…と思いながらも眼前の山岳に見入る。
赤岳。なんという、漢前。横岳の猛々しいこと。大同心・小同心の奇岩は荒々しい。それらが目の前でパノラマに映っている。太陽は夕方前の西日で順光、蒼い空に白い峰々がくっきりと浮かび上がる。しかし日の入りまでは3時間程もある。幸い、前述のオッサン、山田さん(仮)というらしい、は話好きのようで、いろいろ話をしてくれた。17時頃、ようやく峰々が色づいてきた。山田さんは今晩赤岳鉱泉泊まりで、夕食の時間をたいそう気にしており、早く赤くなれ、と何度もつぶやいていた。
始まった。この、夕刻に繰り広げられる山岳の色の移り変わりは雄大な、最高のショウである。大層素晴らしいが、欠点は、大抵、真っ暗な山道を彷徨くか、一晩山中で過ごさないといけないこと、また、必ず見られるわけではないこと、である。朝も同じ。
雪の白から、光線を得て金色に輝き出す。パノラマで目移りする。横岳もいいが、やはり二回登った分、赤岳への想いが強い。実際、この行者小屋からの赤岳は素晴らしく、堂々として王者の風格を備えている。カッチョエエ…またしてもヨダレを垂らさんばかりになる。しかしこの時はたぶん垂らしていなかった。たぶんだ。そしてじわじわ、と赤味を帯び始める。この時、山田さんは泣く泣く、カメラを片付け始めている。なにか言いたそうだったが、オレは撮影で忙しい。
赤岳が、横岳が鮮麗なピンクに色づく。そのパノラマ風景は圧倒的である。はああ、きれいだ…「お先に」と声を掛けて足早に去っていった山田さんをチラッと見た。背中はやはり、残念そうであった。ああ。やはり、粘って良かった。それにしてもこれほどとは…到底、文章には表せるものではない。写真でも、何十分の一かでも表せるのだろうか。光線がとぎれ、山は瞬く間に褪めていく。しかし、このわずかな温もりを残した冷たい表情。なんともいえない。
夕陽に映える横岳・行者小屋より
しばらく呆然としていたが、夢から覚めたように片づけ始めた。急がねばならない。いくら分かりやすい道とはいえ、なるべく明るさが残っているうちに少しでも進んでおいた方がいいに決まっている。17時35分、出発。けっこうな早歩きで進む。途中、先ほどまでなだらかに見えていた阿弥陀岳の荒々しい姿や、残照残る西空のグラデーション、満天の星空など、何度か立ち止まらされたものの、2時間で美濃戸口の駐車場まで来られた。それでも19時半を回っており、真っ暗である。
もみの湯に寄ってみるとまだ入れるという。温泉に浸かると、もうダメだ。気持ちよすぎる。風呂から上がって鏡を見ると、顔にシミができている。凍傷だ。横岳、硫黄岳で風の当たっていた顔の左側が凍傷にかかっていた。小屋の鏡で顔に何か着いているな、と気付いていたが汚れだと思っていた。右手の人差し指の先もどす黒くなっており、改めてあの時の烈風の激しさを思う。さて、この後高速に乗り、SAで夕食を摂り、一路大阪へ。途中、当てにしていた阿智PAのガソリンスタンドが閉まっており、あわやガス欠の危機があったが、無事、岸和田の我が家にたどり着けた。布団に入ったのは3時、翌日の仕事が熾烈を極めたのは言うまでもない。
最後の光を浴びる赤岳
« 09年2月〜10月の日記は↓ | トップページ | 蝶ヶ岳・冬 単独 »
「登山」カテゴリの記事
- ムスコとアカアシクワガタ採集&氷ノ山登山 21年8/22(2021.08.24)
- ムスコと八経ヶ岳に登る。21年8/10(2021.08.13)
- ムスコと常念岳へ。20年8/13〜15(2020.08.16)
- 釣り沢 9/22〜23(2018.09.29)
- 赤井谷 17年8/26~27(2017.09.01)
厳冬期に単独で初南八とは驚きです。
拝見してたらドラマのような展開ですね
写真は天候など時の運を見逃さないことでしょうか
また諦めないことが大事ですよね
無事下山出来よかったです
投稿: じゅん | 2009年11月11日 (水) 10時47分
じゅんさん、どうもです!
もしかして全部読みはりました?
ずいぶん退屈な文章ですいません、すごく長いし…
いい景色が見られたのは、山の神サマのおかげだと思っています。
私は与えられた風景に感動し、ただ、シャッターを押すだけ。
後はかしこいカメラがやってくれます。ええ時代やなあ。
投稿: チョリオ | 2009年11月12日 (木) 00時43分