カテゴリー「ノジュカーズ [1]」の6件の記事

2017年2月19日 (日)

隊長のこと。

最近、メディアによく出てくる“金 正男”。
実は知る人ぞ知る、“阿倍野ノジュカーズ”の隊長、H瀬氏とそっくりなのである。
若い頃は毎週のように会っては馬鹿さわぎをした仲だったが、もう何年も会っていない。

先日、スマホに代えた折、メールを送ったが、届かなかった。電話も不通。
音信不通になってしまった。

(どうしてるんかな?)
と思っていた矢先に、TVで金正男氏の顔が映ったので、(あ!H瀬!)と思ってしまった。

全く、どうしているんだろう。
剛毅な彼のことだ、きっと達者で暮らしていることだろう。

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中国で“金正男詐欺”というのが横行しているらしいが、まさか…
いや、彼ならばあるいは…

2015年10月19日 (月)

義弟達~15年10/18

昨晩、久しぶりに義弟二人と会った。
彼らは昔、辛くも輝きに満ち溢れる山々を共にした戦友(とも)でもある。

話題はやはり、雪山。
ろくな知識も装備もないまま、ただ、情熱だけを持って突っ込んでいった奈良や北陸の山々。

そういえば、その日の昼間は山岳会の検定会だった。
無謀だった私が後輩たちをチェックをしたり、教えたりしている。
なんてこった。

来月から冬山に向けてのアイゼントレが始まる。
新人の中には雪山に対して高い関心を持っている人も多く、質問を受けたりもした。
「初めて登るならどこがいいですか」
「山上ヶ岳、大普賢岳、大山…雪のない時には登ってるんですが」
よく調べている。

私は思う。
(とりあえず、そのままのカッコでええから、登ってみたら?)
もちろん、そんなことは言わないけれど。

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2010年10月14日 (木)

ノジュカーズ和歌山へ 10年10月6日

ぶるる(注1)。 ついにあの男が復活する。 公の場なので名前は伏せるが、仮にケンイチ(本名)としておこう。 かつて全盛を誇った、阿倍野ノジュカーズ。 その隊長を務めていた男である。 ノジュカーズのことは、ほんの少しだけ、このブログにも書いた。 そして今、“大人のノジュカーズ”として何度か活動をしている。 が、かつてのメンバーももうええオッサン・オバハンであり、無茶なことはしない。 私が、唯独り、「我こそはノジュカーズ」とテントを担いで山に登っているくらいである。 1ヶ月ほど前、本当に久しぶりで隊長と会った。 ちょうど私は義弟のユンオと一緒だったので、3人で喫茶店に入り、近況などを話し合った。 「久しぶりに、どっか行くか?」 言い出したのは私だったと思う。ユンオが和歌山にいい海がある、と言い、話しはすぐにまとまった。 すぐにもう一人の義弟、サクライにも連絡、 ついでにペットのチョタローも誘ったが、彼は作戦直前に逃亡してしまった。勘のいいヤツである。 隊長にとっては久々の作戦とあって、やる気満々のようである。 「車はどうする?」「メシは向こうで作るのか?」「海パン持っていく?」などいろいろ質問をしてくる。 私は「メシは…んん…まあ、任すわ」と適当に返事。 「そうか、じゃ、かにうどんでもつくるか」 出た。 かにうどん。 かつて沖縄壱号作戦で隊長が作った(彼は料理隊長でもある)伝説の料理。 いや、もはやとても料理とは言えないシロモノだった。 私はギギギ(注2)言わされるかもしれんな、と覚悟した。 10月5日、夜。 まず私と隊長が待ち合わせ。 彼は「カツオを釣るのだ」と巨大な剛竿とバカでかい荷物を引っさげて現れた。 かなりのインパクト、さすがは隊長、のっけからやってくれる。 R1022553101006 ゴツい釣り竿と隊長。インパクト大。 サクライとユンオとも合流、いざ、和歌山へ。 22時半頃に到着し、私とユンオは早速釣りを始めた。 隊長はテントを組み立て、サクライは焚き火用の薪を探しに行った。 R1022561101006 今回の野宿処。単なる防波堤。 R1022564101006 釣れたのはネンブツダイ。ユンオ曰く煮ても焼いても美味くない、外道中の外道。 R1022565101006 火を起こす。やはり野宿に焚き火は必要だ。直にはさすがに起こせないので、七輪を使っている。 あまり釣れない… 一番熱心だったユンオもやる気が失せたようである。 海の上なので風が強く、結構寒い。自然と火に集まってくる。 かくして火を囲んでの宴会モードへと突入。 緩やかに流れる時間。 ぽつぽつと話しをする。 でも、話しがなくても、別にいい。 寝そべって夜空を見ると満天の星。 こうやってぼけぼけする(注3)のが野宿の楽しみの真髄であるように思う。 R1022583101006 隊長がホタテを大量に持ってきてくれた。野趣溢れる美味さだ。 R1022585101006 火を囲んでぼけぼけする。次第に夜が更けていった。 翌朝。目を覚ますとテントにはすでに誰もおらず、一番最後の起床だった。 外に出ると快晴。暑いくらいである。 いや、私は車に積みっぱなしの防寒着を着込んでいたので、実際すごく暑かった。 ユンオが「イカがいっぱい泳いでいる」というので海をのぞき込む。 きれいな海である。 緑がかった青。沖縄の海みたいだ。 小さなアオリイカが何匹が見える。 私は昨晩、一つだけ買っておいた疑似餌を使い、イカ釣りを始めたが、 イカは寄ってくるどころか逃げてしまって全然釣れない。 早々にイカを諦め、仕掛けを換えて落とし込み釣りを始めた。 エサは隊長が持ってきたサンマの頭。彼は本気でカツオを釣ろうと考えていたらしい。 R1022588101006 青い空と青い海。これだけでも十分。 R1022590101006 朝の隊長。今、ふとハマムラに似ているな、と思った。誰も知らんか… テトラの間にエサを落とし込むとすぐにアタリがきた。 釣れたのはカサゴ。何匹か釣れた。ユンオも結構釣り上げている。 しばらく釣りに興じていたが、釣れなくなり、飽きてきた。 そろそろ撤収するか、ということになり、荷物をまとめて車へ。 R1022592101006 R1022593101006 R1022600101006 ネンブツダイ。 R1022607101006 隊長。なにか絵になる男である。 R1022613101006 けっこう楽しめた。 R1022616101006 撤収。 車でユンオおすすめのスポットへ移動する。 まず向かったのは白い岩が印象的な奇岩スポットである。 R1022707101006 案内役はユンオ。この辺りには度々訪れているらしい。 R1022629101006 思わず、おお、と声を上げてしまう奇岩がいっぱい。 しばらく行くと公園のようなところがあったので入ってみた。 階段があり、登ってみると… 絶景が待っていた。 心地よい風。 白と青のコントラスト。 ただ、潮騒の音だけが… というわけにはいかなかった。 ちょうど幼稚園の遠足で園児達に囲まれての見物となった。 R1022635101006 いい景色だったが… R1022637101006 すでに園児達に占領されていた。 R1022640101006 ちなみに同い年な。 再び車で移動。 よさそうな所で駐車し、浜へ向かう。 すでに10月だが、この日は随分暖かかった。 「泳ごかな…」 かつての沖縄壱号作戦で、私は隊長に訊いたことがあった。 「なあ、泳げるかなあ」 沖縄といっても2月である。かなり寒い。 「泳げる、泳げない、ではない。泳ぐか泳がないか、だ。オレは泳ぐよ。」 隊長はキッパリ言った。 つまり泳ぐのは自分の意志である、と。 “精神力で打破せよ”(注4)とは私の好きな、隊長の名言である。 私が火を起こしている間にユンオとサクライが海へ向かった。 しかしやはり寒いのか躊躇している様子。 それでも海に浸かり、戻ってきて火に当たった。 私も海へ。 思った以上に気持ちいい。 しかし陸へ上がると風が冷たい。 やはり急いで火に当たる。 R1022645101006 ユンオ。ちなみに海パンを持ってきたのは彼一人だけ。 R1022647101006 戻って火に当たる。 R1022651101006 私も海へ。 R1022657101006 この二人は普通のパンツ。 海で泳いだ後は昼飯。 昨晩のホタテを焼き、隊長がヤキソバを作ってくれた。 どんなん食わされるかと思っていたが、すごく美味い。 「隊長、やればできるやん!」と言うと、 「いや、あの時はいつも酔っぱらっていたから…」 彼は大好きだったお酒を、もうずいぶん前から飲まなくなったらしい。 R1022664101006 ホタテを焼くサクライ。原住民のようだ。 R1022670101006 R1022671101006 爆笑中のユンオ。酒を飲まなくたって隊長の話は面白い。 R1022676101006 隊長もご機嫌。 R1022679101006 焼きそば、おいしかった。 腹を満たして、辺りを散策する。 ちょっとした岩場で食べられそうな貝がいっぱいいたので、 貝を岩から引き剥がす金具を探しに一旦戻る。 しかし戻ってしまうともう面倒くさくなって、全員昼寝してしまった。 R1022700101006 散策に向かうサクライ。 R1022743101006 昼寝中のユンオ。随分潮が満ちてきている。 R1022747101006 足に波がかかり、驚いてようやく起きた。 R1022754101006 またしばらくぼけぼけする。 R1022756101006 べつに何もしなくても、それはそれで愉しい。 昼寝後、しばらくぼけぼけしていた。 もう夕方である。ユンオが、「もっかい、ちょっとだけ、釣りせんか?」と言ってきた。 正直、面倒くさかったが、まあ、折角やし、という気持ちもあり、再び釣りを始めた。 防波堤へ行き、落とし込み釣りをする。 ユンオが釣れるポイントを見つけたらしく、何匹か釣り上げた。 プライドなど持たない私も同じ所にエサを落とす。釣れた。 そのポイントにはかなりの数の魚が棲んでいるらしく、一時、入れ食い状態に。 上機嫌のユンオは「SフィールドにMSを集中させい!」と分かる人にしか分からない台詞で笑わせる。 そんなSフィールドも全く釣れなくなった。 ちょうど頃合いである。納竿して車へ向かった。 R1022761101006 “Sフィールド”での獲物。 R1022765101006 納竿して車へ向かう。 車に乗って、帰りしな。 夕焼けがきれいだろう、と日没の見えそうな所を探すが、見晴らしの良い所に出た時には日が沈んだ後だった。 それでも心地よい風に当たりながら、みんなでしばらく海を眺めた。 私はふと、以前にもこういうことがあったな、と思った。 どこだったろうか。やはり沖縄か。 しかし以前の私なら、こんなにきれいな夕景の時には写真撮影に夢中だったはず。 落ち着いてゆったりなんかしていなかったと思う。 しかし、きれいだ。 私はこれほど気持ちが晴れ晴れするのは、なんだか実に久しぶりのような気がした。 もちろんそれは錯覚なのだが。 ユンオは…ユンオもなんだかしんみりしたような表情で海を見ている。 サクライは、コイツは相変わらずマイペースで、車の中で欠伸をしている。 隊長は…意外にもにこやかに笑っていた。たぶん腹が減って不機嫌やろうな、と思っていたのだが。 みんな変わったと思う。自分も変わっていないつもりでも、やはり変わっているのだ。 それでも、またこうして同じ楽しみを分かち合えたのが嬉しかった。 特に隊長、今日はありがとうな、と心の中でつぶやく。 しかしやはり彼は相当腹が減っていたらしく、コンビニで一人、カップの天そばを食っていた。 R1022771101006 注1:ぶるる=身震いする様子。寒い時よりも恐ろしい時、主に使われる。 注2:ギギギ=名作「はだしのゲン」に出てくる。非常に苦しい時に漏れる声。 注3:ぼけぼけする=ぼーっとすること。 注4:精神力で打破せよ=隊長のよく使う言葉。彼はことあるごとにこの言葉を使う。私も好きで、雪山などでよく思い出した。

2010年7月 5日 (月)

保津峡〜大人のノジュカーズ 10年7月3日

 去年に続き、今年も保津峡に行ってきた。 【前回はコチラ】 第3回“大人のノジュカーズ”イベント、である。(ああ、もうすぐノジュカーズイベントやな)と気付いたのが6月末。(今回は何しようかな…)なんて考えていたのもつかの間、あっという間に3日前、といった具合。(めんどくせ、今回も保津で…)結局、この選択は正しかった。  迎えた7月3日、朝から我々ノジュカーズを祝福するかのような大雨だった。しかし、メンバーから(どうします?延期ですか?)といったような無粋な連絡も来ず、普通に集合し、11時、普通に保津峡駅に降り立った。しかし、私の中で、心配事がただ一つ… R1019348100703  目的地の橋の下へ行くには小川を渡らないといけない。大雨のために増水し(果たして渡れるだろうか?)というのが私の懸念であった。 R1019345100703  しかしまあ、きゃあきゃあ言いながらも無事に渡れた。今回のメインイベントはコレだったような気がする。 R1019354100703  そうそう、今回の参加者は、軍師たけちゃん、まきねえ親娘、なかさん、たかちゃん、チョリオの6人。橋の下に着いて、早速火を起こす。やれやれ、これで一段落。たけちゃんがガスコンロを持ってきていたので、肉はそれで焼き、焚き火では野菜を焼くことにした。 R1019358100703 R1019362100703  バーベキューの始めは大抵静かだ。みんな腹が減っているからである。腹が満たされてくると次第に賑やかになり、「先輩、肉焼けてますよ」と譲り合いが始まる。うう…もう苦しい… R1019367100703  動けないくらい腹一杯だが、なぜか甘いモノは入る。たかちゃんが今回もデザートを作ってきてくれた。さっぱりしたフルーツとケーキ。甘いもの好きの私には非常にありがたい。  まきねえ親娘は用事で先に帰らなければならない。渡渉があるため、私とたけちゃんが駅まで送ることにした。 R1019369100703 R1019372100703 まきねえ親娘。娘は私が負ぶって渡渉したが、きっと怖かったに違いない。次回も来てくれるだろうか… R1019374100703 たけちゃん。だいぶ慣れてきた様子。  私とたけちゃんはまた橋の下に戻り、火にあたる。前回はハイキングとかしたけど、今回は何もない。雨がずっと降り続いていた。しかし、焚き火さえあれば、それだけで愉しめるメンバーである。私は雨で冷え切った腰を焚き火で温めながら霧に煙る山を眺めた。(山、行きたいなあ…)と想いつつ、痛い腰をさすった。 R1019375100703  夕方になり、そろそろ出発。念入りに焚き火を消し、(また渡渉か…)となるところだが、たけちゃんが秘密の抜け道を見つけてくれたため、なんなく駅に着くことができた。  京都に戻ってしばらく歩き、レトロな銭湯へ。体に染みこんだ焚き火の匂いを洗い流す。さっぱりした後は居酒屋で打ち上げ、もとい、反省会。 R1019384100703  楽しい時間が過ぎるのは早い。なかさんと別れた後、京都駅で電車の時刻を見ると23時50分。(コレ、帰れるんかいな…)帰れるわけがなかった。高槻でたかちゃんと別れる。なんとか京橋までは行けた。たけちゃんと別れ、一人になった。  さて、と。1時30分、私にタクシーという選択肢はない。ここで仮眠して始発を待つ、という手もあるけど、雨は上がっている。歩くか。大通りを歩いていたが、ふと思い直して大阪城公園に入った。夜中でひと気はなく、雨上がりの森が気持ちいい。公園を出て森ノ宮駅で靴に履き替え、ザックをきちんとパッキングする。さて、ここからが本番。歩く。都会の真ん中であるが、雨で汚れが落とされたのか、ずいぶん爽やかである。時折吹く風がまた涼しい。私はなんだか嬉しくなり、(ひょっとしたら、コレをしたかったから、無意識のうちに終電に乗り損ねたのかもしれんな)と考え、(いくらなんでもそれはない)と思い直し、自分の楽天な頭に少々呆れながら、どんどん南へ進んでいった。

2009年12月11日 (金)

ノジュカーズのこと。(1)

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 私がたまに着ている「野宿人」とプリントされたTシャツ。私のブログを見て、「あのTシャツは、何?」と最近、何度か尋ねられた。まあ、ノジュカーズのことはそのうち書こうと思っていたので、そろそろ書いてみよう。しかし、この話は私の思い出話です。はっきりいってどーでもいい内容です。ごく一握りの人以外には退屈だろうと思います。

 「ノジュカーズ」の名前は「野宿」からきている。いろんなところに行ってテントを張り、火をたいて騒ぐという、集団である。野宿ではなくキャンプと言ってしまっても構わないのだが、キャンプ、という響きが薄汚い我々にはどうもそぐわなかった。やはり野宿、の方がしっくりくるのである。

 ノジュカーズが誕生したのは91年8月30日。今から20年近く前である。いやあ、そんなに経つのか。じゃあオレはまだ20歳位か。そう、20歳の私と、中学生の弟、ユンオが四国旅行に出かけ、ノジュカーズができた。私は幼い頃から6歳年の離れた、この弟が可愛くて仕方がなかった。アウトドア派の私は、以前から弟とよく釣りや虫取りに出掛けたものである。今回の2泊3日の四国旅行は我々としては冒険とも言えるものだった。青春18キップを使った、鈍行列車でののんびり旅である。2泊目に泊まろうと思っていた宿が、理由は忘れたがダメになった。確かサンリバー大歩危とかいう安ホテルだ。金がないので、他に泊まれる宿はなかった。弟と「どうしよう?」と相談して、野宿すっか、ということになった。小歩危駅下の川原で眠れそうな所を探す。私は右、ユンオは左。急峻な渓谷だから、デカい岩ばかりで、眠れそうな所はなかなかなかった。それでも狭い砂地を見つけ、私が戻ってみると、なぜかユンオはロッククライミングをしていた。こいつ、アホや…歩ける道がなかったので岩にへばりついて移動していたらしいのだが、そんな危ないとこ、行けるわけないやろうに。ともあれ、私の見つけた砂地に落ち着いた。装備はビニールシート、のみ。ライトは単一電池4本の大きな懐中電灯。暇つぶし用の駅で拾ったジャンプ。ノジュカーズ用語でいうところの「ピュア野宿」である。そんな状態だったが、不安はなく、むしろウキウキして夜を迎えた。しかし熟睡中だった明け方の3時頃、雨が降ってきて駅舎まで逃げた。雨男チョリオの伝説はこの時から始まったのかも知れない。

 翌年の92年9月1日。正式なノジュカーズの活動はこの時から始まった。HとWの二人が、初めて野宿に参加したのである。ちなみにこの二人と私を加えた3人は後のノジュカーズ「幹部」となるのである。HとWとは同じ高校、同じブラスバンド部の同期であった。高校生の時はそれほど仲の良い友達でもなかったが、卒業した後、あるショッキングな出来事があり、よくつるむようになった。
 ある時Wから「Hって今一人暮らしなんやて。遊びに行ってみないか」というような誘いがあった。二人でそのマンションに行ってみると、入れない。オートロック式の出入り口なのである。誰か居住者が出入りするまで入れないのである。当時は携帯電話などない。それどころかH宅には電話すらなかった。暫く待っていると消防車が来て消防士が我々に質問してきた。「この辺りで火事があったようですが知りませんか?」と。我々は何も知らない。もうしばらくすると、ドアの向こうにHが見えた。「よう来た、早く早く」なぜか随分急いでいるようだ。久しぶりの対面もそこそこに、彼の部屋に入る。暑い。「実はな、二人が来るからご馳走作ろうとコンロめいっぱい使ってたら火災報知器が鳴ってな」
 犯人はおまえか。
「ほんで火災報知器は?」
「はずして冷蔵庫で冷やしてある」
 凄いヤツがいたもんだが、こんなものはほんの序の口である。イベントメーカーの異名を持つ、彼のことを知っている人には分かるはずだ。高校の時、Hはおとなしく、真面目な奴だった。あだ名も「お地蔵さん」、はっきり言ってしまえば面白味のない奴だったのに、なぜこんな壊れた性格になってしまったのだろうか…まあその話も面白いからそのうちに。彼のことを書き出すと書くことが多すぎて困る。
 まあ、その久々の対面から我々3人はよく一緒に遊ぶようになったのである。で、私は二人に野宿の話をしてみた。「やってみんか?」と。私は四国の初野宿の後、ユンオと2度ほど野宿しており、けっこうハマりつつあったのだ。「やってみよう」
 かくして、9月1日、3人は保津峡で野宿をしたのである。この時実は凄いモノを作って持っていった。SIS、スーパーイマフクシステム。ロケット花火を一度に大量発射できるシステムだが、たかが花火と侮ってはいけない。アレはもはや花火ではなく兵器である。現在ではSISの使用はノジュカーズ条約により禁じられている。ただし、危ないから、とかではなく、大量にゴミが出るからである。こんな大がかりなモノは持って行っていたが、この時の装備は相変わらずビニールシートとデカい懐中電灯のみ、であった。

 保津峡の野宿がよほど楽しかったのであろう。我々3人は1週間後に次の野宿に出かけた。美浜海岸、久々子海水浴場である。Hの入れ込みようは凄まじく、テント、ガソリンコンロ、飯ごうなどの装備を自分のお金で調達していた。その装備の多さからこの時の野宿は「戦後最大の物量作戦」と呼ばれている。ただ、私はこの時テントで寝ることを「潔くない」と思っており、一人で外に寝た。しかし蚊の猛襲に遭い、1時間もしないうちに白旗を揚げてテントに逃げ込んだことを覚えている。

つづく、かな?

2009年10月27日 (火)

道場百丈岩〜大人のノジュカーズ

09年10月24日
 大人のノジュカーズ、2回目の野外活動である。前回、春には保津峡で行った。(参照)今回は三田。この2箇所はノジュカーズで過去幾度も野外演習の行われた“2大聖地”である。逆に言えば、この2箇所以外に近場では主だったところがなく、次回からどうしよう?と余計なことを考えてしまう。

 JR芦屋に集合。今回の参加者は、まきねえ親娘、なかさん、たかちゃん、チョリオの5人である。まきねえ運転の車でいざ、出発。百丈岩まで1時間もかからない。到着して、メシより先にハイキングをしようということになった。酔っぱらってしまっては歩けない、とのこと。ごもっとも。

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 この登山道は距離が短い割りにちょっとした鎖場があったりして結構楽しめる。15分程登ったところで一息入れた。

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 休憩していると、別のルートから一人のおじさんが登ってきた。毎週のように通っているとのことで、少し話をする。おじさんはこの辺りをよく歩いているらしく、いろんなルートを知っていた。役に立ちそうなので色々訊いておく。しかし、我々がこれから登ることを話すと、「この先は非常に危ない」「絶壁の横を通らないといけない」などと脅かしてきた。最初はにこやかに流していた私だが、ちょっと(かなり)不安気な顔をしているメンバーを見て、とっとと登ってしまおう、と促した。(なんや?あのおっちゃん。こないだ5歳児でも登ったというのに…?:参照

 休憩から15分程で百丈岩のてっぺんに到着。「危ないとこってどこだったんですかね?」「…知らん」

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 コーヒーを飲んだり、たかちゃん特製のマロングラッセを食べたり。ここは気持ちがいい。私はこういう所では本当に心が落ち着く。

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 ずいぶんくつろいで、岩稜先の「本当のてっぺん」に行ってみる。なかさんとたかちゃんが付いてきた。ここの歩きは少々危険、ちょっとしたアルプス岩稜歩きが体験できる。

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まあ、落ちたら多分死ぬけどな。左上に見えるのは登山口の売店。

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「留守番」のまきねえ親娘。

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まきねえ側から写してもらった。

 初めてのことだろうから、付いてきた二人はおっかなびっくりだったろうが、無事到着。

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百丈岩のてっぺんで記念撮影。

 下りは鎖場を通らず、おじさんに教わった平坦な道を行ってみる。しかし、距離がやたら長く、随分遠回り。まあ、ちょうどいいや。

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下山時に見かけた花。リンドウも咲いていた。

 登山口に戻り、川原へ下りていってバーベキューの準備。うまい具合にブロックが2つあって、かまど作りは至って簡単、薪も500円で買ってきた。こんなラクチンでいいのだろうか…?「大人のノジュカーズ」だから、いいのだ。

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 今回食材を準備してくれたのはまきねえ。車の運転といい、本当に助かった。楽やったわあ。なかさんは、うまいにぼしを持ってきた。たかちゃんは、先のマロングラッセとプリンケーキを作ってきてくれた。甘党の私には大変有り難い。みんなかしこい、かしこい。

 川原は我々の貸し切り。存分にくつろいだ。きれいな夕焼けを見て、ようやく退散。この後、ドタキャンした大地を交え、有馬温泉へ。

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 風呂の後は芦屋に戻り、居酒屋で打ち上げ。今回も十二分に楽しんだ。次回も必ず!

 …ちなみに私は電車で寝過ごしてしまい、2駅分歩くハメに。タクシー、とも考えたが(安く見積もっても2000円、長く歩いても2時間、時給1000円)とこういう時だけはスラスラ計算して、やっぱ歩き。ちなみに翌日は登山です。